「氏名」を含む商標もこの程度ではダメらしい

判決例

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  <事件の概要>

 知財高裁平成31年(行ケ)第10037号事件である。

本願商標について、特許庁から請求不成立の審決を受けたことから、その取消しを求めた事案である。争点は、本願商標が商標法4条1項8号に該当するとの判断の誤り(取消事由)である。

 <裁判所の判断>

1.「KENKIKUCHI」の文字部分の意味

「本願商標は、翼を広げた鷲又は鷹を黒色のシルエットで表した図形部分と、図形内に配置された「KENKIKUCHI」の文字部分とから構成された結合商標である。「KENKIKUCHI」部分は、白抜きの大文字の欧文字10字から構成され、各文字の書体及び大きさはほぼ同じで、ほぼ等間隔で1行にまとまりよく配列されている。

「KENKIKUCHI」部分は、外観上、「KEN」部分と「KIKUCHI」部分に区別して認識されるものといえる。「KEN」部分、「KIKUCHI」部分は、いずれも無理なく一連に発語することができ、前者から「ケン」、後者から「キクチ」の称呼が自然に生じる。本願商標の構成中「KENKIKUCHI」部分は、「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから、本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。

2.商標法4条1項8号の「他人の氏名」

商標法4条1項8号の趣旨は、自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁、最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁参照)ところ、自己の「氏名」であれば、それがローマ字表記されたものであるとしても、本人を指し示すものとして受け入れられている以上、その「氏名」を承諾なしに商標登録されることは、同人の人格的利益を害されることになると考えられる。したがって、同号の「氏名」には、ローマ字表記された氏名も含まれると解される。

3.本願商標の商標法4条1項8号該当性

前記1.のとおり、本願商標の構成中「KENKIKUCHI」部分は、「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり、本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。そして、証拠(乙12~29)によれば、「キクチケン」を読みとすると考えられる「菊池健」という氏名の者が、北海道小樽市に住所を有する者として、2016年(平成28年)12月版(掲載情報は同年8月24日現在)及び2018年(平成30年)12月版(掲載情報は同年8月16日現在)の「ハローページ(小樽市版)」に掲載され(乙12,13)、同時期に発行された他の地域版の「ハローページ」(乙14~29)にも、当該地域に住所を有する者として、「キクチケン」を読みとすると考えられる「菊池健」又は「菊地健」という氏名の者が掲載されていると認められるところ、かかる事実によれば、これらの「菊池健」及び「菊地健」という氏名の者は、いずれも本願商標の登録出願時から現在まで現存している者であると推認できる。加えて、弁論の全趣旨によれば、原告と上記「菊池健」及び「菊地健」とは他人であると認められるから、本願商標は、その構成中に上記「他人の氏名」を含む商標であって、かつ上記他人の承諾を得ているものではない。したがって、本願商標は、商標法4条1項8号に該当するとし、原告の請求は理由がないとした(下線は筆者)。

 <原告の主張>

 原告は、前記1.について、本願商標はブランド「ケンキクチ」のロゴとして一定の周知性を有しており、これに接した一般需要者は,ジュエリーデザイナーである「X」及びそのデザインに係る商品のみを想起するものであって、「KENKIKUCHI」部分を「菊地健」等の「他人の氏名」と理解することはあり得ない旨主張した。また、前記2.について、商標法4条1項8号の「他人の氏名」とは,使用する者が恣意的に選択する余地がなく、特定人を指し示す法令上の正式な氏名であって、日本人の氏名の場合、戸籍簿で確定される氏名であり、ローマ字表記は含まれない旨主張した。また、前記3.について、①商標法4条1項8号の趣旨が第三者の人格権の保護であるとしても、同法は、同号の「他人の氏名」の該当性を判断するに当たり、第三者の人格権のみを考慮することは予定していないというべきであり、同法の目的である産業発展の寄与ないし需要者の利益保護の観点から、登録が拒絶されることで受ける者の不利益も十分に考慮しなければならないから、同号の「氏名」に該当するか否かは、特定人の同一性を認識させるに足りる表記であるか、あるいは、本願商標がブランドとして一定の周知性を有するかという観点から総合的に判断されるべきであり、同号の「他人」に当たるか否かは、その承諾を得ないことにより人格権の毀損が客観的に認められるに足る程度の著名性・希少性等を有する者かという観点から判断すべきである、②諸外国においても、「他人の氏名」であれば、その全てについて、その他人の承諾がない限り商標登録を認めないという判断はしておらず、特許庁の過去の審決例においても、自己の氏名をモチーフしたと考えられる多数の商標が登録査定を受けている旨主張した。

しかし、裁判所は上記の通り、原告のいずれの主張も採用しなかった。

 <所感>

 本判決は、特許庁が公表している商標法4条1項8号に関する一般的な審査基準に沿った内容となっている。本願商標は、翼を広げた鷲又は鷹を黒色のシルエットで表した図形と、図形内に白抜きで配置された「KENKIKUCHI」の文字とから構成された結合商標であるが、文字が「KEN」部分と「KIKUCHI」部分に区別して認識され、全体として氏名を表示したものであることが明らかであるとされ、このような判断となった。その判断には特に異論はなく、この程度では8号を回避することは難しいという例を提供してくれたものと捉えたい。しかし、例えば文字を称呼が生じない程度までもう少し装飾するとかすれば氏名などの意味をもたない一つの図案化した造語商標とみなし得るので、登録可能性があったはずである。出願人サイドにおいて新商標のロゴの採択には注意すべきことを示した一例とも言えよう。