将棋の「棋譜」は著作物か、それとも単なる事実の記録か?

最近発刊された「こうして知財は炎上する-ビジネスに役立つ3つの基礎知識」(稲穂健市著:NHK出版新書)を読んでいたら、面白い記事に出会った。それは、第4章の中の「将棋の棋譜は著作物か」というところです。
 
棋譜」とは対局における指し手順の記録をいいますが、この棋譜を再現して中継していたYou TuberがA新聞将棋取材班からツイッターでこのような棋譜中継は権利の侵害に当たるので即時中止されたい、というリプライを受けたのだそうです。勿論、この権利とは著作権のことですが、そもそも著作権法で保護されている著作物に棋譜は該当するのでしょうか?

 同書によれば棋譜に関しては著作物であるとする「加戸説」と、著作物ではないとする「渋谷説」があるとのことです。
加戸説は、かつて文化庁著作権課で現行の著作権法の立法に携わった加戸守行氏の著作「著作権法逐条講義」(著作権情報センター)を根拠とし、その中で「本条は、著作物の範囲を決めてしまったものではなくて、著作物とは概括的にいってどんなものであるかという例示にしかすぎません。ですから、この例示が全てをカバーしているわけではなく、例示では読めないようなものでも、著作物たり得るものがございます。一つの例としては、例えば碁や将棋の棋譜というものがあります。棋譜も私の理解では対局者の共同著作物と解されますけど、本条第1項各号のどのジャンルにも属しておりません。」と述べている。
一方、「渋谷説」は、東京都立大学の教授であった渋谷達紀氏の著書「知的財産法講義Ⅱ第2版著作権法・意匠法」の中で「棋譜は、勝負の一局面を決まった表現方法で記録したものであるから、創作性の要件を欠き、著作物ではない。それは事実の記録であり、新聞などに掲載されているものは、事実の伝達にすぎない雑報・・・と見るべきものである。」と酷評されている。
 
そこで、同書の著者は両氏に現在の見解を再度問い合わせることにしたそうですが、渋谷氏が既に亡くなっていたことから、加戸氏にのみ問い合わせたところ、同氏から次のような回答があったそうです。
「お問合せいただいた碁・将棋の棋譜につきましては、「著作権法逐条講義」で述べておりますように、対局者の共同著作物と解しております。立法当事者として、現在もその見解に変わりありません。囲碁で言えば、十九路盤の上に白黒の碁石を交互に置くことによって、対局者双方がルールの制約内で自分の学術的思想を創作的に表現していると解すべきものであり、その棋譜は著作物の複製物に当たると考えます。将棋も同様であります。」
 
さて、皆さんはどうお考えでしょうか?
 
私も時々ネットでヘボ碁を打っていますので、打つ人の気持ちというものはよく理解できます。しかし、ヘボ碁打ちとしては対局相手と共同して学術的思想を創作的に表現しながら打ち、著作物を創作しているという意識は全くありません。したがって、この打つ(指し)手順を記録した「棋譜」が「学術的思想を創作的に表現している」ものであると解することはできません。これはプロが対局した記録である棋譜でも同じだと思います。
 
いずれ裁判で白黒がつくことになるのでしょうが、個人的には渋谷説に賛同したい。